いつも通りの格好でやってきたロイド王子は、ローリエ王女を連れ、まず一番にリアへ非礼を詫びた。
事前に言っておいたおかげで、謝られて当然だという高慢ちきな態度ではなく、恐縮しきりのリア。
その姿は、相手をおもいやれる心の広い姫君として、人々の目に焼きついただろう……!
というのはでっかいウソで、まあまあ合格点ではないかなと思う。
それからガライとメルキドへ行くのだというローリエ王女が退室し、話は本題へ。
竜王の夢枕に立った精霊ルビスのお告げで、ハーゴンを倒す為にいる紋章が、メルキドの南の島にあることなどを説明すると、
「私の同行を許してくれるならば、君たちの渡島を許可しよう」
ロイド王子は条件をつけてきた。
これは、下心ありだと警戒すべきだろうか。
勇者の国の人間を出し抜いて紋章を手に入れ、ハーゴンを倒すとか。
黙りこんでる俺たちが何を考えているのか察したのか、
「というのは、その島にたつ大灯台で、時が止まっているとしか思えない現象が起こっていてね、これは我々で解決すべき問題であるが、解決しようにも策が見当たらない。君たちの協力を得たいが、事が事だ。万が一の事が起これば、我らラダトームとロト三国の仲は取り返しのつかないことになるだろう。私の同行は、それを少しでも緩和させる意味がある」
ロイド王子は下心の無いことを一息に告白した。
「万が一とはいっているが、別に君たちの力を侮っているわけではない。何か起こるかもしれないとわかっている場所に、君たち単独では行かせられないといっているんだ。わかってくれるかな?」
俺たちに何かあったら、ロイド王子ももろともに。
という覚悟があるって解釈でいいのだろうか?
でもなあ、そうやって最悪の場合を考えているなら、最悪の先にあるものも見えてんじゃないかなあ。
つまり、俺たちとロイド王子がどうにかなった後のこと。
まずリアを仲間に加えた俺たちがいなくなれば、勇者の国なロト三国は終わる。親父とローレシア王が手を組むなんて事はない。ハーゴンを倒すのはまあ普通に言ってラダトームになるだろ。
ロイド王子がいなくなれば、ローラン王子が世界の王になり、ロト三国はどの国も次の代がいない(親父ががんばるかもしれないが、あれで母上に一途だから望みは薄い)からローラ姫ゆかりのラダトームに吸収される?
え、あれ、それってローラン王子の狙いどおりじゃね?
「あの、王子自ら行くのに、誰か反対してるとかないんですか? 後にその人とごたごたしたりは……」
「ここにローランがいたなら、反対するだろう。だが弟は遠くにいる。口は出せないし、出させもしない」
ロイド王子の声音が硬くなった。
あれれ? ローラン王子って、反対するんだ……?
なんか複雑だなあ。こいつらの関係性、わかんねえわ。
「いかがかな?」
判断を迫られる。
いかがも何も、よく考えたらハーゴンを倒す為に必要な紋章は、そっちの許可がなければ立ち入れない場所にある。俺たちに選択権なんてない。
「いつ発ちますか?」
アレンが先急いで、回答を一段飛ばしする。
ロイド王子は破顔した。
「では、明朝にでも」
子どものような、威厳のあるような、妙な笑顔をする人だ。
翌朝メルキドの南の島へ、部下のルーラで飛ばしてもらったロイド王子と俺たちは、まず大灯台へ向かった。
その最上階で見張りをしている兵士のナグリと、船の事故で島に流れ着いたらしい一般人のラゴスという男性と挨拶を交わす。
ラダトーム兵士のナグリは、王子さまがいらっしゃったとの事で、大慌てで階下へ茶を飲める場所を用意しに。ラゴスもその手伝いにと行ってしまった。
「時が止まっている」
おもむろにロイド王子が指をさした方向は北。そこには城塞都市メルキドがあった。
目をみはり、立ち尽くす俺たち。
「ありえない」
アレンが呟く。
魔力を持たない彼女が見えるってことは、相当の魔力が働いているか、もしくはまったく別の力が作用しているかのどちらかだ。
城壁に囲まれたメルキドの美しい町並み。おそらくこれは、崩壊前の景色なのだろう。
はっと気づいて南の方角をみる。
ムーンブルクは──。
──悲劇のあと。
「この場所に何が起こっているのかわからない。ただ昨日、君たちの話を聞いて、これは精霊神ルビス様の試練ではないかと思いはした」
精霊ルビスの試練、ね……。
一筋縄にはいかないってか。
「もちろん思い込みは禁物だが、私はこの幻術が解けるとき、紋章も手に入るのではないかと思っている。それ以外に原因が思い浮かばないのでね」
「わかりました。では捜索にはいりましょう」
「みなさーん、お菓子が用意できましたよー」
意気込むアレンの鼻先を、ラゴスの明るい呼びかけがくじく。
「せっかくだから、いただいてからにしようか」
ロイド王子が軽く笑い、ラゴスに応じた。
ぞろぞろと皆ついていく中、シローだけは、ありし日のメルキドから目を離せないでいた。
シローとそっと呼びかけると、
「わかんない」
「え?」
「どうしてこんなことになったのか、わかんない」
乱暴に目をこすった。
「……うん……」
肩を抱き、シローを連れて行く。
現実を知り、虚実を見て。その落差に怒りをおぼえ、胸を痛める。
もしかしたら、どうにかなったかもしれないのに。
耳元で聞いたゴロウの嘆息が、そう言っているかのようだった。
菓子をつまみ、お茶したあと、二手に分かれて大灯台内を捜索する。
女性陣とラダトームの兄さんは離しておきたかった。でもリアとわかれるわけにはいかなかったので、アレン・マリア・シロー組と、俺(ゴロウ含む)・リア・ロイド王子組になった。
二組の力量差が物凄い事になっているが、この大灯台には敵などでない。安心して捜索に専念できる。
とはいえ八階もあるんだよな、この灯台。さすが『大』がつくだけのことはある。
風の塔よりも入り組んだ内部構造。全部の部屋を調べるのにどれだけかかる事やら。
「お兄ちゃん」
「んー?」
「紋章って、どんな形してるの?」
「さあ」
そんなの知るか。
紋章は紋章だろ。
「さあ、って……」
妹が、呆れたいのか怒りたいのか、どっちつかずな調子で言う。
「知らないで、リアたち探してるの?」
「精霊ルビスの紋章なら、きらきら光ってたりとかしてるんじゃねえ?」
「あ、そっか」
「まあ探すのも試練ってのなら、壁に小指の先くらいのちっちゃいのが地味に刻まれてるかもだけど」
青ざめたリアは、一旦確認したはずの壁面をおさらいしだした。
床担当な俺は、うつむいた状態で笑いをかみころす。人の仕事量を増やしてやるのは気持ちがいい。
ロイド王子は天井の通風孔? が気になったようで、いきなり飛び上がった。通風孔の枠につかまり、右手一本だけで全体重を支え、かつ体を持ち上げられる腕の筋肉が憎たらしい。
「見つからないものだね」
ロイド王子はクモの巣を盛大にくっつけて降りてきた。
「すごいことになっていますよ。クモの巣が」
「本当かい?」
ぱたぱた払ってはいるものの、こびりついたのが取れてないので親切心働かせてとってやった。
ついでに肩の汚れも叩いて落としてやった。
「どうもありがとう。面倒見がいいんだね」
懐っこい笑顔でそんなこと言うんじゃない。
礼だけでいいだろ、礼だけで。気恥ずかしいったら。
「妹がいればこうなります。お兄ちゃん体質というものでしょう」
「ちょっとお兄ちゃん、ロイド様に誤解されるようなこと言わないで。リア、お兄ちゃんに面倒みてもらったことなんてないし」
頬を染めたリアが憤慨する。
おお、よくぞいったな?
「お前が忘れてるだけだろ、この恩知らず。お兄ちゃんがどんだけお前のことで胸を悩ませた事か。あんまりかわいくないこと言ってると、恥ずかしい話を今ここで暴露するぞ」
これぞ肉親の強みだ。過去の恥ずかしいネタ話には事欠かない。
そしてそれは同時に恐れでもあった。
「ふ、ふんだ、いいもん。そんなことしたらお兄ちゃんの恥ずかしい話もしゃべっちゃうもん」
こいつは俺の何を知っているというんだ……?
嫌な汗が額に浮いてきた。
いや、落ち着け。これはハッタリに違いない。
「ふん、そんな手にひっかからんぞ、お兄ちゃんは」
「そんな手ってどんな手? リア、ホントに知ってるのよ、お兄ちゃんのはずかしい話」
「へええ、どんな?」
「言っていいの? ロイド様の前で恥かきたくないでしょ?」
「言えないのか? そーらやっぱりハッタリだ」
「ハッタリじゃないもん」
「これ、さえずるにゃ、サマルトリアの兄妹。しっかと探せ」
「お前のせいでゴロウに叱られたじゃないか」
「リアのせいじゃないでしょ。お兄ちゃんのせいでしょ」
「うるさい。妹のくせに生意気だぞ」
「すぐそうやって、妹のくせにって言うー。ちょっとはやく生まれただけで、偉ぶらないでよ」
「ちょっと? 三年がちょっとか? 時間の感覚、もしもしおーいどこ行った?」
「三年も年上の小僧よ、いい加減にせんか、はずかしい。ラダトームの長兄が声無く笑っておるぞ」
あっ。
……くっそ、妹がいるから、やっちまった……!
もー!
「仲が良いんだね。ほほえましいよ」
ロイド王子が意志の強そうな太い眉を下げる。
これを仲がいいというかねえ?
リアは生意気で生意気でどうしようもない妹だけど。
何の成果も得られないまま、あっという間に夜。
屋上にテーブルを持ってきての立食となった。
明かりは、最上階の中心で燃えさかる航海の道しるべ的な炎のおかげで、問題ない。
見張りのナグリや捜索に忙しい俺たちを気遣ってラゴスが用意してくれたものは、見たことも無い料理ばかりだ。
旅行が趣味で、旅をしてはたどり着いた土地で働き、お金がたまったら次の土地へと移動する生活を続けているので、自然と各地の郷土料理に詳しくなったそう。
「手が空いてるのはぼくくらいなものなので、これぐらいはしようかなって思いまして。
あっ、どうぞ、召し上がってください。みなさんのお口にあえばいいんですが」
並ぶ料理のなか、目をひいたのは緑色のとろりとしたものがかかった炒めもの。
野菜炒めにグリーンのあんがかかったその料理は、野菜炒めのバブルスライムあんかけという。
出身国はもちろんローレシアだった。いい味だ、おいしいとアレンが褒めている。
でもさあ、これだったら普通に野菜の炒め物でいいんじゃないかなあ。色彩感覚がおかしいと思うな、俺は!
引き気味な俺に気づいたマリアが、その異様な緑の炒め物をフォークに突き刺し「はい、あーん」と可愛らしくやってきた。
この天使に化けた悪魔め……!
ぎりりと奥歯をかみしめる。作り手の前でいらんとかむげにできんっての!
勇気を振り絞り、フォークに噛み付く。
い、いやな食感だ……。急いで飲み込むと、ぬるっとしたのが喉にへばりついた。
「おいしい?」
なんて甘ったるく聞いてくるマリアの顔には、あらよく食べたものねえと挑戦に受けてたった俺へ上から目線の賞賛が。
「とてもおいしかった。
マリア、これ食べてみな? こっちも美味しかったから」
俺はとっておきの笑顔を浮かべて、真っ赤な汁にひたされた肉の塊にフォークをぶっさし、マリアへと。
「はい、あーん」
嫌がらせには嫌がらせを。
辛いのが苦手なマリアは、だが持ち前の負けん気の強さで、食いついてみせた。
「ホント、おいしい」
涙目ですがね。そしてあまりの辛さにセキをしだす。
アレンが慌ててミルクを差し出し、マリアはそれを一気にあおった。
ふうと口元をぬぐったマリアは、復讐に燃える目で睨んでくる。
負けじと視線で応戦した。
「アレン様、お兄ちゃんとマリア様っていつもこんな感じなの?」
「お二人はいつもこんな風に仲良しですよ。僕としては、ちょっと妬けますね」
ぎゃっ! すみません! 調子にのってましたっ! ラゴスに失礼だったし!
と焦ったが、ラゴスは地図を手にしたシローの、これはどこの国の料理かという質問攻めにあっていて、こっちを気にかけるどころではなさそうだ。
ラダトームの兄さんは、残り物でいいですと恐縮するナグリの皿へ、気前良く料理を取り分けてやっている。
「ナグリはこれが好物だった」
これとは、香ばしい焼き色に仕上がったパイのことらしい。
個人の好みを一々覚えているんだろうか?
ナグリも同様だったようで、目を白黒させた。
「よく覚えておられますね」
「忘れるものか。私も──、俺もセオも、あの時からこれが好物になったほどだしな」
「ああっ、あの時は、まさか王子様だとは知らず、失礼をいたしました!」
ナグリが直角に腰を曲げる。
「いやいや、それはもう何度も謝ってもらった。そうじゃないんだ。ナグリと昔話をしたくなっただけだ。周辺にはセオ以外もうナグリしか、当時の俺を知る人間はいないからね」
「そうですね……、皆さん引退されましたものね。新兵だった自分がこんな重要地点を任されるようになるなんて、時間というのはたつものだなあと思います」
しみじみと大人二人で語り合う。
当時というのは、ロイド王子が王家の一員になる前だろう。
興味あるが、突っ込んで聞ける仲でもないし……。
うずうず、うずうず。
「ねー、どうしてロイドはそれが好物になったの?」
勇者シロー! 頼りになる!
胸の中で喝采を送った。
料理を食べながら、耳はしっかりそっち聞く用意を。
話は少し長くなるのだが、と前置いてロイド王子は語りだす。
「お金が無くて、食べるものもなくて、お腹がすいてすいてどうしようもなかった時、俺とセオ──親友の名だが──は露店で盗みをはたらこうとしたんだ。お店の人の気をひくのと盗って逃げるのとで役割分担して」
「人からものを盗むのは良くないよ」
「うん。良くない事だ。悪事は罰せられるべきだ。当然、人のものを盗もうとした俺たちに罰はくだった。街中を見回っていたナグリに見つかったんだよ。槍を持ったナグリに睨まれた時は、死んだと思った。でもナグリはお店の前ではなにもしなくて、ただ普通にパイを三つ買って……。ついて来いって俺たちに背を向けた。逃げる気はなかった。逃げたら間違いなくつかまって、殺されてしまうからね。それで角を曲がった途端、頭のてっぺんにゲンコツを落とされた。なぜ盗もうとしたのかと厳しく追及された」
「しかし、悪事に手を染めなければ、生きていけなかったんでしょう?
盗みは悪い。理屈ではわかりますけど、生き死にに関わるのなら、仕方ないとは思いますが……」
ラゴスが腕を組んで首をひねった。
「俺たちもそう思っていた。生きるには仕方のないことだと。だが、ナグリはそれは怠慢だと切り捨てたよ。なぜ盗む前に、働いて物を得ようとしなかったのかって。五体満足で知恵もあるなら、労力と引き換えにすべきなのにってね。
恥ずかしくて消えたくなった。まずそこに考えがいかなかった自分が、浅ましかった。もう二度とこんな事はしないと誓って立ち去ろうとした俺たちに、ナグリはパイをひとつずつくれたんだ。食べ終わったら靴磨きさせると言って」
「わあ、よかった! とっても美味しかっただろうね!」
「ああ、美味しかった。あの味は忘れられないよ」
「ナグリはいい人だね!」
シローが褒めると、ナグリは「もうかんべんしてください」としゃがみ込んだ。
聖人のように持ち上げられて、おもはゆかったのだろう。
「それから街で出会うたびに、労力と引き換えにパイをもらった。労働のあとにはラダトーム一うまい食い物だ、味わって食えとね。
あの店がやめてしまってから食べる機会に恵まれず、久しぶりに口にする。ありがとうラゴス。とても美味しい」
「いやそんな……」
ロイド王子に礼を言われて、ラゴスは慌てて両手を胸の前でふった。
ナグリがロイド王子を見上げる。
「ロイド様、今度の休みの日、世界一うまい食い物をお持ちしますよ」
「世界一うまいもの?」
「私の妻が作るパイは世界一ですので」
かすかに、本当にかすかにだがロイド王子の体がきしんだように見えた。
「アドリアか」
「そうです、そうです! うちの嫁が作るパイは世界一なんですよ! 娘のモニカも美少女に育ち、いやそちらの姫様方には負けますが、メルキドでは評判の娘です!」
メルキド。
耳にした途端、心に影が広がる。
「ほう、美少女……」
ロイド王子が興味深そうな調子で唸った。
ナグリはその背中を一発叩いて「娘は嫁にはやらんですよ!」と、溺愛っぷりを恥ずかしげもなく披露する。
「あの明かりの下に妻と娘がいるんです」
温かな感情をはらんだ眼差しが、メルキドをとらえた。
ロイド王子はメルキドをちらりとも見ないで言う。
「近いうちにまた兵士を送ることになっている。まともな休日を与えられなくて、すまないな」
「いえいえ、他の兵士には二、三日で逃げ出すほど辛いようですが、自分はこうやって監視に立つのは苦になりませんよ。雨が降ろうが、雪が降ろうがね。だってこの仕事は、家族を護ることに繋がってますから」
振り返り、ムーンブルク、ロンダルキアを見やった彼は悲しみに顔を曇らせた。
現在のメルキドを知っている俺たちは、皆一様に息を潜め、何かに気取られないよう体を縮こめてる。
ナグリは知らないのだ。煌々と明かりのともる対岸の幻。あれが魔族に襲撃され、とうに輝きを失っているってことを……。
「料理が冷めるぞ」
自分流を崩さないゴロウが言い、時は動き出した。
もう、とてもとても食べ物がのどを通る状態ではなかったけれど。